青年海外協力隊に参加して得たもの① 活動振り返り編

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青年海外協力隊の任期終了からしばらくして、JICA主催の帰国後研修の一環として協力隊活動の棚卸をするワークショップが開かれました。

しかし筆者は開催地の東京には滞在しておらず、かつ仕事もあったため参加できませんでした。研修への不参加だけが理由ではありませんが、未だに『結局青年海外協力隊に参加したことは自分にとって何だったのか』を整理できずにいました。

今回のブログでは、帰国からしばらく経ちましたが自分の協力隊生活を振り返り、自身の活動内容、成長した点、考え方の変化などをまとめてみようと思います。

今後協力隊に応募される方、もしくは応募を考えている方がこの記事を読んで、さらに協力隊事業についてイメージを持てるようになれば幸いです。

2015年10月派遣前訓練スタート

<2015年10月~12月>

協力隊派遣前から多くの刺激的な出会いがありました。

派遣前訓練では、様々なバックグラウンドを持つ100人以上の人々が山奥の訓練所に集められ、語学等のレベルアップを図りつつ寝食を共にしました。学生、教育関係者、医療従事者、ビジネスパーソン、公務員など。

年齢も職業も違う人と接することをこれほどの規模・深さで体験できることは、人生を通してもなかなかないことでしょう。訓練は70日間に渡って行われますが、この期間だけでも自分の視野の広がりを感じました。

余談ですが、訓練終了時には隊員を代表して謝辞を読ませていただきました。JICAのサイトに掲載されているので、暇を持て余している時であれば読んでみてください。

平成27年度第3次隊青年海外協力隊修了式 | 2015年度 | トピックス | JICA二本松 – JICA

謝辞  本格的な冬の到来を迎え、ここ二本松訓練所にも雪が降り積もる季節となりました。本日は洲崎所長をはじめ、スタッフの皆さま、来賓の皆さまのご臨席のもと、このような盛大な修了式を挙行していただきましたこと、謹んでお礼の言葉を申し上げます。私たち、青年海外協力隊平成二十七年度第三次隊総勢103名は、本日一人として欠けることなく派遣前訓練を終えることになります。 …

2016年1月マラウイ赴任~最初の半年

<2016年1月~7月ごろまで(派遣序盤)>

マラウイに渡航し、ついに活動が始まりました。

最初のうちは何をやっていいのかわからないし、そもそも何が正解の形なのかも分からず教壇に立っていました。ただ活動序盤こそ授業運営やアフリカンな生活様式に苦戦したものの、3ヶ月もすれば平常授業を行うことには慣れてきました。

私は職務経験のない新卒隊員でしたが、新卒でも充分に協力隊員としてやっていけると思っています。基本的には何かできる余地のある現場に協力隊員は派遣されると思うので、最終的には経歴・専門性と同じくらい行動力・課題意識、そしてモチベーションが重要になってくると考えています。

2016年7月~ マラウイ赴任から半年

<2016年7月~2017年6月ごろ(派遣中盤)>

協力隊員としての生活に慣れてくると、自然と活動の幅も広がります。私の場合、学校での平常授業に慣れてくると、教員や教育大生向けのワークショップを企画し、運営するという活動をしていました。

職場によるかもしれませんが、協力隊員は基本的には自分から行動を起こすことが推奨されています。必要最低限の行動に慣れたあとは、個人の行動力が発揮されるタイミングが多々あるので、派遣後半年くらいからが協力隊員の本領発揮のタイミングといった感じがします。

あと、マラウイでの生活に適してくると、色々と日本の普通に対して疑問を感じるようになっていました。他文化の中で生きることで、日本の文化・行動様式を客観視できるようになるのだと思います。

例えばアフリカンタイムなマラウイ生活では、会議が2時間遅れで始まっても何も不思議なことではありませんし、遅れながらも人さえ集まれば遅延などなかったかのように開始されます。

でも日本では3分電車が遅れると、謝罪に繋がります。これってすごく特異なことなんだなと今では認識できるようになりましたし、「アフリカ流の普通」も立派な1つの普通の形なんだなと思えるようになりました。

言わずもがな日本の時間に対する意識は素晴らしいものがあると思います。しかし裏を返せば社会的な寛容性は圧倒的にマラウイの方が優っていると言うことができます。日本はサービスに対し完全性を求めすぎているのかもしれませんし、それ故に生きづらさを感じる人もいるのかもしれません。

2017年中頃から帰国まで

<2017年7月~2018年1月(活動終盤)>

帰国まで半年を切る頃には、任地での生活や業務には完全に慣れ、日本に帰ることに嬉しさと寂しさを感じながら過ごしていました。

活動としては、他の隊員らと共に行った教育大学でのワークショップの開催を定例化でき、今マラウイにいる隊員が引き続き運営を行うという形にすることができました。

私の場合それと並行して、IELTS の勉強と大学院への願書の準備を行なっておりました。もともと大学時代に英語を一切使わない理系学部にいたこともあり、IELTS の勉強には予想以上に時間を費やすこととなりましたが、なんとか帰国までに目標スコアに達することができました。

平常活動として二年間マラウイの田舎の中高等学校に勤務しましたが、その中で教職の奥深さを知ることができたと思います。生徒たちに何を残せたのか、心に響くことを言えたかはわかりませんが、少なくとも自分の思う大切なことは授業や普段教室で接する時間の中で伝えられたとは思っています。

いつか大きくなったあの子たちと再会できると本当に嬉しいだろうなと感じています。

なんだかんだで時間はあっという間に流れ、気がつけば帰国間際という時期になっていました。任地を離れる直前には、多くのマラウイ人から「お前が来てくれてよかった」「またいつでも来てくれ」と言ってもらうことができました。

逆に色々協力してもらったのはこちらだという感じも大いにあるのですが、とにかくいい思いをさせてもらうことができました。また会える日を信じ、その後は間も無くして日本帰国となりました。

他にも書ききれないほどたくさんのことがありましたが、だいたいこんな感じの2年間を過ごしました。

これは何度も言っていますが、本当にかけがえのない毎日でした。深い喜怒哀楽を何度も経験し、出会いにも恵まれ、自分の思考の変化・深化も感じた2年間でした。

派遣期間中に得たもの、成長できたと思うことは多くあります。ただそれは長くなりそうなので、次回の記事に続ける形でまとめようと思います。お時間があれば読んでみてください。

→後半はこちらから

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