何かに気付くこと-青年海外協力隊の私がブログを書く理由②

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前回のブログに引き続き、青年海外協力隊員である筆者がブログを書く理由について記したいと思います。

私がブログを書く理由、それは

  1. 伝えたいことがあるため
  2. セレンディピティの強化のため

と前回の記事にて紹介させていただきました。

今回は②セレンディピティの強化のためにブログを書くということとはどういうことなのかを説明します。(少々青年海外協力隊の話題から逸れ、個人的な話になります。)

セレンディピティとは?

 そもそも【セレンディピティ】(英語でSerendipity)という言葉を皆さんはご存知でしょうか。私はこの言葉が好きです!高校の現代文の教科書に出てきた「セレンディップの3人の王子」という物語で初めて知りました。オックスフォード英英辞典には

The occurrence and development of events by chance in a happy or beneficial way

— Oxford Dictionaries Language matters

と定義されており、日本語では『偶察力』と訳されることが多いそうです。

つまりセレンディピティとは、一言で言うと「偶然に幸せや何かに出会ったり、本来の目的とは違った新たなことに気付いたりすること」であると私は解釈しています。

その言葉がブログを書くこととどう関連してくるのでしょうか。

『構えのある心』

      

“Dans les champs de l’observation le hasard ne favorise que les esprits préparés.”

Louis Pasteur

“観察の領域において、偶然は構えのある心にしか恵まれない”

―ルイ・パスツール

これはフランスの生化学者ルイ・パスツールの言葉です。

彼は近代細菌学の父とされ、1854年リール大学の学長に就任しました。上記の言葉はその就任式の際の言葉です。

パスツールは学生時代から非凡な才能を発揮したわけではありませんでした。逆にどこにでもいる化学専攻の学生だったようです。

そんな彼は後に数々の功績を残し、協力隊員にとっては馴染みも深い、「ワクチンによる予防接種」という方法を開発し、数年後には狂犬病ワクチンを発明しています。

パスツールの数々の発見はセレンディピティの例として用いられることがあります。そして彼の言葉の中にある『構えのある心』こそが、セレンディピティを養う鍵となっているようです。

パスツールは心に構えがあったからこそ、新しい何かに気付くことができたのではないでしょうか。そしてそれが世紀の大発見となったのではないのでしょうか。

ブログで読者の興味を引く文章を書き続けること『構えのある心』を備えるということ

ブログを持つということは日々ものを書くということを表しています。そのためブロガーは面白い話のタネを、毎日日常の些細な出来事の中から探すこととなります。

これは例えるならば「カメラマンがカメラを構えている」状態です。

写真を撮ろうとするとき、シャッターチャンスは思いのほか何気ないところに転がっています。何気なくカメラを持っているだけではいい写真を撮ることはできません。

そのシャッターチャンスを逃さないためには常にカメラをスタンバイさせ構えていなくてはなりません。

ブログのネタを探す時もこれに似ていて、日常のどこに面白味があって、何が新しい発見となりうるかアンテナを張り巡らせていなくてはなりません。

何気なく過ごしてれば2年なんてあっという間

「えっ、2年もアフリカにいるの!?」

と出国前によく友人に言われたものでした。

しかし現地で活動する身からすると2年なんて本当にあっという間です。今でさえもうすぐマラウイに来てから2か月が経とうとしていることが信じられないくらいです。

そしてマラウイは日本と違って生活も不便なことが多く、毎日を暮らしていくだけでもあっという間に月日が過ぎて行ってしまいそうな気がしています。

そのような環境下においても、何か新しいことに気付き、思ってもみなかったことを発見できるのは『心に構えを持つ者』であるように思います。

何かを読者の皆さんに伝えていくため、『ブログ』というカメラを持つことにより、心の中に構えをもたらすと私は思っています。

それが協力隊の私がブログを書くもう1つの理由です。

今後もセレンディピティをもって日常を過ごし、何気ない生活の中から何か面白味のあることに気付いていけたらいいなと思っています。

そしてその発見が、より読み手の興味を惹けるような魅力ある記事のタネとなれば幸いです。

皆さんは毎日をなんとなく過ごしてはいないでしょうか?

もしそう感じているならば、自分の日常から何かを発信する立場になってみてはいかかでしょうか。ひょっとすると無機質に思える日々の中から、何か新しくて幸せな発見をするかもしれません。

その際ブログを持つということはその手軽な第一歩となるでしょう。

この記事のまとめ!
  • 何か新しいことに気付く力のことをセレンディピティと呼ぶ

    ⇒セレンディピティは『構えのある心』に宿る

  • 心に構えを持つために、自身の生活・活動から何かを発信することは良策である

    ⇒ブログ等のメディアを用いることは手軽な手段となりうる

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